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もはやゆとりではない

遅寝遅起き晩ごはん系大学生の日常

学生塾講師の教育論

教育

皆さんご存知だろうが、僕はバイトで塾講師をしている。


バイトとはいえ、人様にものを教えるのだから、何かしらの教育論・教育哲学をもって指導にあたるべきだ

というのが僕の基本姿勢だ。


これは何事に対しても言えると思うんだよね。


(勉強系サークル入っておいて、その分野の本とか全く読んでない意識高い系の皆さん!あなた方への嫌味でもあるんですよ!!!)


たかが大学生如きに教育論なんて、と思われるかもしれない。というか生意気じゃん的な風潮すらある気がする。


でも、たかが大学生をロクに研修もせず講師にしてるほうが僕からすればよっぽどどうかしてると思う。






手前味噌であるが、僕の授業は評判がいい。


塾をやめて家庭教師してくれないかというオファーを親御さんから受けたこともある。(塾にバレて怒られました)


僕は高校生に対する授業には自信がある。

その一方で、中学生に対する授業にはあまり自信がない。

何故か。


僕自身の答えとしては、

「自分がその歳の時にわからなかったことがあるかどうか」

と、

「自分がその歳の時に素晴らしい授業を受けたことがあるかどうか」

この2点が授業の質に大きく関与していると思う。


僕は、中学生の時に勉強でわからないことがなかった。それと義務教育の特性も相まって、中学生への指導というのはどうしても単調になりがちだ。


要は、「これくらいの内容、きっちりこなせなければ話にならない」

のである。

どんな分野でもまずは基本を身体に叩き込む、つまりは基礎の徹底した反復練習と暗記からスタートするはずである。

そしてレベルが上がれば上がるほど、その基礎をさらに大事にする。
卑近な例だが、プロ野球選手が素振りをする。これにどれだけのことが詰まっているかを考えてみてほしい、ということだ。

僕は義務教育を「ある土地で生まれた人間が、その国民になるための儀式」だと捉えている(詳しくはまた書くかもしれないです)。

だから小中学校では、勉強も当然のことながら、対人関係なども育んでいかなければいけないと思う。

社会性も学力も、両方きっちりこなしてから中学を卒業して貰わないと、国力が下がる!


(義務教育こそ単位制にするべきでは?)


高校生になると、はっきり言って勉強の次元が変わる。少なくとも、中学でわからないことがなかった僕がそう感じたのだから、大抵の人がそう感じるはずだ。

これは当然のことで、義務教育ではなくなったからだ。

小中学校の義務教育は国民になるための儀式だった。これは、その国の国民として最低限度の知識、振る舞いを確定するためにある。

では高校は何のためにあるのだろう。

勉強面で言えば、高校の勉強は「大学に行って高等教育を受けるための下地となる知識を養う」ことが目的なのではないかなと、高校を卒業してからわかったのだから救いがない(とてもつらい)。

簡単に言えば、高校は+αであって、だからこそ任意(義務ではない)である。


高校の勉強は難しい。数学Ⅰから難しい。英語も文章が長くなる。いきなりSVOCが〜ってなんやねん!から始まった。

幸いなことに、僕の通っていた高校の教員は、ほぼ全員授業が酷かった。

エリート反面教師達である。

例外も少しはいたっけ?(曖昧


こう難しくなってくると、教え方が重要になってくると思う。

「参考書読んだらわかった〜」

みたいな人は、確かにすごいけど、凡人からすればなんの参考にもならない。

ここで、授業を生業としている「講師」が初めて高い価値を持ち始める。

もちろん、高校の教員が講師レベルの授業をすればいいのだが、それはなかなかどうして叶わない。エリート反面教師達は頑なにエリート街道を進もうとする。

講師が全て授業が良いとは口が裂けても言えないが、少なくとも高校の教員よりはマシであるはずだ。

僕は某予備校で、尊敬できる講師に何人も出会うことができた。

彼らから少しでも多くのことを学び、それを吸収しようと必死に勉強した。


浪人生活は、人生においてかなり充実していたと言っても過言ではない。


それは優れた講師に出会えたからであり、僕がそれを必死に吸収しようとしたからである。


「授業がうまい」というのは、例えば「プレゼンがうまい」こととは全く違う。

人にものを教える人は知的でなければならない。その人から知性が溢れ出てるのが、教わる側に伝わらなければならない。
少なくともその分野で、絶対に叶わないというオーラが必要だ。

僕はそんな講師を、尊敬できる講師だと思っている。


じゃあ、学生塾講師はどうなんだろう?

最低限、「知的」であることは求められているはずだ。
しかし現実はこれが満たされてない塾講師がおそらく7〜8割である。
とにかく講師がアホそうだ。というかアホだ。大学問わずアホだ。
知性の欠片も感じない。
僕が生徒なら、あんな奴らには教わりたくないなと思うだろう。(個人的恨み

はっきり言って、将来、自分の子どもを個別指導に通わせることはないと思う。(僕自身ずっと集団塾通い)

確かに、相手が中学生なら、学校の話とか、いろんなことを考慮して指導するべきだろう。そこでは、知性も大事だが、生徒と向き合うといったことも必要になってくるのは経験でよくわかった。

でも、これも行きすぎてはいけない。あくまで塾に通う目的は成績を上げることであって、ちょっと年上のおにーさんおねーさんとおしゃべりしに塾に行ってるわけではない。

それなんてホストクラブ?

みたいな指導ではダメなのだよ。


恥じろ!!!(個人的恨み


相手が高校生なら、知的な授業を展開してやればいい。
面白いことに、ほとんどの生徒は、例えば英語なら関係詞と受動態が全くわかっていない。
そこで、きっちりと説明してやると、大抵「こんなん習ってへん!」と言う。いやいや、習ってるんだけど…
教わってないのか教えてないのかは正直わからないが、じゃあ塾できっちり教えてやれば良い。
それができないのであれば、他のバイトをするべきだ。君には居酒屋の方が向いているよ。


少なくとも、関西なら阪大までの大学入試の問題は解けないと高校生の指導は無理なんじゃないかな?というのが僕の中でなんとなく固まってきている。



小中学生には「机に向かわせて一緒に勉強する」
こと、
高校生には「知的に根拠や背景を説明して、理解を助ける」
ことに重きを置いて、僕は日々授業をしている。
最近は免許忙しいから全く働いてないけどね!!!!

なんにせよ最低限の知性を持って、他人と接していきたいものである。